2013年4月7日日曜日

塾長の部屋(40)~「設計」と「発明」が持つ「アート的」面白さ


実は先週はサボっておりました(もちろん、意図的ですが)。弊社内のブレストも有りましたからね。

 さて、今回は「設計」と「発明」の共通点、面白さについて取り上げたい。結局のところ、発明塾で教えていることは、少なくとも僕にとっては「設計の基礎」。そしてそれは、僕自身、工学部機械工学科2回生で選択必修の「機械設計演習」で学んだことだ。

 そこで設計の面白さに目覚めた僕は、機械設計の仕事に就くことになる。特に、オートバイのエンジン設計は、その複雑さという意味で非常に面白い仕事でした。内燃機関は、機械工学の一つの完成形でしょう。

 いまでも僕の設計・開発したW650のエンジンが、「製図室」に分解可能な形で寄贈してありますので、機械系の学生さんは是非触ってみて欲しい(昨年一度、実際に分解する会を持ちました)。ほぼまるごと一つのエンジンを、設計者として担当できる機会など、そうそうあるものではありませんので、僕は「結果的に」非常にラッキーだった(開発中に、先輩二人が体を壊しチームを離れるという、とんでもない激務のお陰でしたが)。


 さて、四方山話はこれぐらいにして、「設計の面白さ」について説明したい。ひとことで言うと

・小さな論理の積み重ねによる、緻密で地道な収束的プロセスで成り立つ「アート」

であること、でしょうか。

これは、多変数関数の最適値(極大値等)問題に共通の特性である。ほぼ総てのシステムの設計は、多変数関数の最適値問題である。解析的に解けないので、なにかの変数を固定して、次元を落として解き始めることになる。

変数間にぼんやりとした因果関係があるので、何かを決めると、他の変数も徐々に決まってくる。しかし最終的に求まった値が、最適かどうかは、検証することでしかわからず(いわゆる「NP問題」)、往々にして最適ではないので、どこかの変数を「いじる」ことになる。それを繰り返す過程で、その関数に対する理解も深まり、どこをどういじればいいのかが見えてくる。

製品、部品など設計対象ごとに、この関数は根本的に異なるので、関数を覚えてもあまり意味はなく方法論を学習するしか無い(もちろん、経験の蓄積で、類似の問題は早く解けるようになる)。

ほぼ「職人」の世界。


 僕は、上記のようなことが、いわゆる「設計(英語でDesign)」といわれる作業に共通する特性であることを、先程述べた2回生の「機械設計演習」を通じて学んだ。

僕が受講した講座のテーマは(いろいろなテーマがあって選択できる)、

「変電所で使う、馬鹿でかいブレーカーのバネを設計する」

という、一見シンプルな課題であった。

三菱電機(注)の、多分課長さんぐらいの年齢の方で、メガネを掛けたほっそりした方だった。非常にモノ腰やわらかで(僕も見習わないといけない)、すごく丁寧に指導していただいた、ということをはっきり覚えている。

この講義を通じて、設計とは非常に複雑な「アート」であり、故に非常に面白い、という事に気づいた。機械設計という非常に論理的(当時の認識)で、それこそ「コンピューターが全部やってくれるんじゃないの」というような世界の中に、そのような職人的で芸術的な工程が残っていたとは、思いもよらなかった。この時点で、僕の進路は決まったといっても良い。

「オモロイ、設計者になろう」


ちなみに講義自体はどのようなものであったかというと

「ブレーカーの特性(目的値)が割り当てられている」

「計算式は、いくつかの式が、羅列的に、ステップ・バイ・ステップで示されている」

場合によっては途中の式の定数が、入力値に依存したものになっている。よくありますよね「Xが10-100の場合には、定数Aは0.1にしてください」みたいな、そんなのです。故に、逆から解析的には解け無い。

ステップ・バイ・ステップで進めながら、最終の値が目的値にできるだけ近くなるように、何度も計算を繰り返さないといけない。また、最終的に「一見」設計が終わったように見えても、「そんなバネは、実際には作れない(製造法の問題)」というような、別の制約条件が「途中で」出てくるようになっていた。

つまり、ひとつの目的値に対して複数のアプローチがありえて、もっとも現実的な(後になって初めて検証できる、複数の制約を満たす)ものを、選ばないといけないようになっていた。

たったバネ一つで、である。


思い出話はこれぐらいにして、含意がなんで有ったかということである。

・世の中の大半の問題(ある部品の設計、というような一見瑣末なものを含む)は、殆どの場合「試行錯誤的にしか解けないNP問題」である。

・その理由は、変数が多く、変数間に微妙な因果関係があり、さらに、定数と思われているものが、場合によっては変数になるからである。バネのような、非常に簡単な機械要素を設計する場合にすら、そのような複雑さが顔を出す。

・しかも、ある特性値を実現する方法は、指定の設計法に従った場合においても、一つでは無い。最終的には、複数の解を、別の次元(製造のしやすさ、コスト)などで評価して、場合によっては一から考え直す必要すら出てくる。

・この手の複雑な問題を、ある程度定型的にこなすための「知」が設計法である。それは、設計式の事を言うのではなく、複雑な多変数の多項式を、仮説的(検証的)に解くという考え方、そのための知的体力のようなものである。


 実は、これらのうちの1つは、高校レベルでやっていることである。高校数学である。高校数学の授業では普通、ひとつの問題を複数の解法で解くことを学ぶ。線形代数の問題を、幾何学で解いてみたり、確率統計の問題を、行列で解いたりすることも学ぶ(はず)である。

僕は常々、

①中学では、すでに解法がわかっている問題を、与えられた1つの方法で解くことを学ぶ
②高校では、すでに解法がわかっている問題を、複数の方法で解くことを学ぶ
③大学では、まだ解かれてない問題を、どのようにして解けばよいかを学ぶ
④社会人は、問題自体を発掘し、それを解いて、対価をもらう

というステップになっていると、思っている。早すぎても、遅すぎても問題があると思う。

そして発明とは、問題発掘も込みの設計作業で有って(③と④の間ぐらい)、発明提案書は、設計計画書(計算書)と設計図(図面)を含むものだ、と思っている。


 実は僕自身も、社会人2年目(川崎重工)から7年目(コマツ)まで、機械工学科の2回の機械設計演習(先の「バネ設計」の講義)で、オートバイのエンジンのある部品の設計を含む、一連の設計演習講義を、毎年半期にわたり担当していた。

当初、大学から川崎重工のとある役員に話があって、「やる人がいないので」ということで、僕にお鉢が回ってきた。例の三菱電機の人の講義を思い出して、渋る上司に「優秀な設計者を取るチャンスですよ」と言って、その上の部長も直接説得して、資料づくりも一部お願いして、かなり強引に始めた記憶がある。その後、機械系からオートバイ部門への採用は、僕がいる間は毎年1名以上であった(それが原因かはわかりませんが)。

共に学んだ沢山の後輩と一緒に仕事ができたことは、設計者としても教育者としても、非常に良い経験であった。

シリーズ総て、読んでおきたい
「設計」に関する知の集大成


まとめよう。

 今の時代、機械系の学生といえども、全員が機械設計を学ぶ必要はないかもしれない。しかし、それよりももっと大きな「設計」(敢えて「デザイン」とは言わない)という概念には、是非触れてもらって、それをぜひ社会の隅々で生かして欲しい。

僕は、全ての大学生が、設計法、としての発明法を学ぶ時代が来ると思っている。実際、発明法を教えるのに使っている本の半分ぐらいは、設計者時代に買い集めた本である。例えば、有名な畑村先生の「実際の設計」シリーズや、失敗学の本など、設計者時代にも随分お世話になったが、いまでもお世話になっている。あとは、ワインバーグとか・・・。

僕はどこまでも機械系の人間なので、機械工学、特に機械設計の「知」が、もっと広く世の中の問題解決、制度設計に役立つことを確信している。それを実行してくれる人が、一人でも多くなるように、自分のできることを、やって行きたいと思っている。

ちなみに僕が、設計の面白さに気づいた「もう一つ」のきっかけは、「設計工学」を教えておられた、久保教授との出会い。これはまた、機械(いや機会)があれば紹介したい。彼の講義を通じて、経営工学、および経営自体に興味をもつことになる。


※注) ちなみにその方のご案内で、受講した学生全員で、三菱電機の伊丹製作所を見学させていただいた事がある。当時、携帯電話やテレビが絶好調で「重電やFA部門は肩身が狭いです、売却されるという噂もあって・・・」などと、おっしゃられていた。その後20年。三菱電機の屋台骨を支えている事業は・・・。


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