2014年5月2日金曜日

塾長の部屋(66)~「なぜ働くのか」とM.ウェーバー

久しぶりですね。今回は、本日の弊社の「終礼」でのトピックから。

弊社では、僕の前職時代からの習慣で、始業時に「朝礼」を、そして終業時に「終礼」を行うことにしています。以前はどちらも僕が主催?していましたが、現在は原則「朝礼」のみとし、終礼はメンバーのみで実施してもらっています(注1)。

本日はたまたま、連休前ということもあって、例外的に僕も参加しました。普段通りやってもらったつもりですが、まぁ、たぶん全然違うでのしょうね(笑

たとえば、一つ質問がありました。それは、

「GWの過ごし方」

です。僕があまりお酒を飲まないこともあって、メンバーとざっくばらんに話す機会が少ないので、こういう話題になったのかなと思いますが、いい機会なので、いくつかトピックを話しました。

他の話題も含めて、ここでは、話しきれなかったことを中心に、書いてみたいと思います。


まず「GWの過ごし方」ですが、原則として、

「休みは休め」

ということになります(笑。特に、通常の土日は、忙しい人は「土曜日はその週のことが気になり、日曜日は、月曜日以降のことが気になる」中、あまり休まらないと思います。ですから、「連休ぐらい、ゆっくりすれば?」ということです。

それ以上でも、それ以下でもありません。


次に、「長期休暇の過ごし方」という意味で、

「若い人は是非、海外に出かけては?」

という話をしました。現時点で僕は、飛行機に何時間も・・・というのが、どうにも苦痛で「まったく海外に行く気がしない(旅行で)」のですが、20代の頃はあちこち出かけていました。肌で感じることが重要、ということは、その時に痛感しています。

とはいえ「もう一度」行ってみたい
ところがあるとすれば、それは「パリ」。
ついでに、TGVとバスを乗り継いで、
日帰りでモン・サン・ミシェルなど
いかがでしょうか?

休みの話は、これぐらいにしておきましょう。


もう一つ、「仕事」に関して、いくつかの観点から話をしました。弊社では、中途採用も含め30歳以下のメンバーが多いのですが、その辺の年齢で「自由にやれ」と言われても、普通は難しいわけです。

「ある程度決まったこと(決められたこと)」をやって、20代を過ごすというのが、大半の人の学生生活/キャリアになっているので、「自分で基準を決めて」「自分なりにやり方を見つけて」仕事を進める、という考え方を持つことが、作業ではなく「仕事」をするための、スタート地点になります。


僕の社会人スタートは川崎重工で、オートバイの設計をして5年を過ごしたわけですが、やはりここで「仕事って一体、なんなんだ」ということを、ずいぶん考えた気がします。

多くの製造系企業の新入社員と同様に、川崎重工の新入社員も「現場実習」と名付けられた、現場での研修期間があります。僕は、エンジンのシリンダーヘッドの加工ラインで、2か月半ほど過ごしました。

現場の班長(ホワイトカラーの係長に相当)さんにも気に入ってもらい(?)、ありえないぐらいの残業を当時からこなしていました。残業後に、班長さんの娘さんの進路相談の話なんかもして、皆さんとずいぶん仲良く仕事をさせて頂いたのを、今でも思い出します。

僕が一つ、現場の人たちに「俺たちは”エエ仕事”してるんや」と感じていただくために、御礼もかねて実施したことがあります。それは、

「そのラインで加工した部品から、組み立てられたオートバイを知ってもらうこと」

です。きっかけは、そのお世話になった班長さんの、「XXXって、どんなバイクなん?」の一言。

「XXX」は、バイク馬鹿だった僕にとっては、当たり前の開発機種番号、しかもその年の「期待の新機種」です。入社前から、開発機種番号や市販車の型式、果てはその命名ルールまで知っていたのはちょっと異常だったとしても、まさか、現場で加工や組み立てをしている人たちが、それが「どんなバイクになるのか」、全然知らないとは。

しかし、当然「なんとなく興味はある」わけです。

翌日、営業の同期に頼んでパンフレットを入手し、班長さんに見せたものの、「ふーん」・・・いまいちピンとこない感じ。まぁ、そうですよね。だけど、せっかく自分の「仕事」の先に興味を持たれた班長さんの気持ちは、大切にしたい。

僕は結局、工場長と製造課長に、「この工場で組み立てたエンジンが搭載された新機種を、何台か昼休みに工場内に展示してくれないか」と、頼んでみました。当時、研修日誌をつけて提出することになっており、そこに書いただけなのですが・・・。理由はもちろん、

「自分たちが作った製品に、親しみを感じ、誇りを持ってもらうため」

ということで。提案を書きながら、

「これ、お父ちゃんの仕事なんや」

そういって、すれ違うバイクを指し示す班長を想像しました。研修中の新入社員の、生意気な提案は即採用され、昼休みにオートバイが展示されました。皆さん、結構嬉しそうに見ていましたね。海外からの研修生なんかも。

僕の「仕事」に関する考え方は、この辺で固まった気がします。

「これ、俺(私)の仕事ねん」

そう言えるものが、みんな欲しいんじゃ、ないかなと。


メンバーの一人が、「今やっている"仕事"は、前職とは違って、もやもやした霧の中を、もやもやしたまま、目を凝らしながら進んでいくような感じ」と、言ってくれてました。

それでも、「とにかく進める」と「割り切って」やらないといけないんだ、と。


知らぬ間にずいぶん年も取って、言われたことを言われた通りにやっていた(?)頃のことを、すっかり忘れてしまっていたので、新鮮な感じがしました。僕のイメージは、こんな感じです。

「ものすごい濃霧の中、ものすごくゆっくりと進む船を、慎重に舵取りしている。遠くに灯台の明かりらしきものが、ぼんやりと見える。なんとなく近づいているような気はするが、確信は持てない。でも、進まないわけにもいかない」

これは、一つ一つの仕事だけではなく、「キャリア」についても、全く同じことが言えます(注2)。「自分が今やっていることが、本当にやりたいことかどうかは、わからないけれど」、今やっていることの先に「なんとなく目標らしきもの」が見える。

その中で、きちんと「俺の仕事」を積み重ねることで、「霧のなかに、徐々にはっきりと、浮かび上がってくる」目標が見える。きっと社会人=職業人としての道は、そうやって、切り拓いていくものだと思います。

M.ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」も、僕が「仕事」について考えるときに、よく参考にする本です。宗教学や社会学的な観点から、この本に関する是非は多々あるでしょう。しかし、僕の観点は、少し異なります。

「仕事をすることは、善である」(救済への道ですらある)

という「プロテスタンティズムの倫理」、「天職」という考え方。そこに「人は、なぜ働くのか」という、およそ答えが出そうにない問いに関するヒントが、あるような気がして、何度も読み返します。

「完全なる経営」(マズロー)は「なぜ経営するのか」についての本であり、この本は「なぜ働くのか」についての、本だと思っています。

答えは、「目を凝らす」しかないのですが・・・。



※ 注1) やはり、僕が参加するとそれなりの緊張感(緊迫感に近い)が出ますので、終礼には参加せず、いろいろな話をしてもらうことにしています。

※ 注2) 人生そのものも、だと思いますが。