「発明塾™」へようこそ!: 「”自分の信じる所”を追求すること」~塾長の部屋(48)

2013年9月1日日曜日

「”自分の信じる所”を追求すること」~塾長の部屋(48)

金曜日に、弊社定例の「知的財産セミナー」を、開催いたしました。出席いただきました皆様に、篤く御礼を申し上げます(と言っても、このブログは読まれないと思いますが・・・)。
セミナー関連記事は、以下。

・塾長の部屋(46)~「特許情報分析官」のススメ

http://edison-univ.blogspot.jp/2013/08/blog-post.html


さて、そのセミナーに関連しつつ、いくつかの話題を「タイトル」に従って、まとめておきたいと思います。今日の主題は「自分の信じるところに従え」ということに、なるかもしれません(注1)。しかも、基本的に、自分の信じるところに、説明は不要です。


「その理由を説明していては一日が終わってしまう」 (注2)


からです。説明したからといって、何が変わるわけでもありません。丁度セミナー後の打ち上げで、メンバーの一人が、


「色々情報を発信すると、批判されることも多い」


というようなことを、話していました。僕がそこで話したことが、上記/下記です。


「自分の信じるところに従えば、問題ないんじゃないかな」


相手がどうのこうの、ということも関係なく、ただ淡々と「自分の信じる所に従い」「自分の仕事をする」ことだと思います。そうすれば、もっと「強くなれる」と思います(注2)。ただ、僕がこの境地に達したのは「30を少し過ぎてから」ですので、20代の「若い」人には、少し早いかもしれません。


「そういうもんかな」


と思ってもらえれば、良かったかなと思います。



塾生さんに、佐川氏の話をいつも推してくれる人がいます。
よい研究の条件=「目的が大事」


実は僕自身も、この会社を経営していて、また「発明塾」を運営していて、様々な「ご意見」を頂きます。いくつかエピソードを紹介しましょう。弊社も6年目を半ば過ぎ、メンバーも10名を超えて、毎年増え続けている中、まぁ、「時効」であり、「笑い話」の範疇です(笑。



1)「クズ発明」を「売りつけている」発言 事件

似たような事は、何度か体験しているのですが、最も「インパクト」があった事件を紹介しておきましょう。

ある企業の「取締役/CTO 研究開発本部長 研究所長」の方に、御面談いただいた際のこと。あくまでも情報交換ということで、弊社の事業や「発明塾」の取り組みについて紹介した後に、その方の口から出た言葉です。


「つまりあなたは、大学生のクズ発明を、そのファンドに売りつけている、ということですね」


僕がその場で、コーヒーカップを投げなかったのは、「奇跡」に近いでしょう(笑。その後すぐに席を立ちましたので、その方の真意は不明ですが、どんな理由があれ「言っていいことと悪いこと」があるかな、と、改めて感じました(注3)。



2)「注文を握りつぶしていた営業マン」 事件

これも、おそらく似たようなことが日々起こっていると思っていますが、典型的な例で、かつ、僕自身が知ることが出来た例ということで、紹介しておきます。

ある日、その営業マンとあるクライアントを訪問しました。そのクライアントの担当者には、割と興味を持って頂き、その後も度々資料を提供していましたが、そのうち連絡が来なくなりました。営業をしていれば、それはよくあることなので特に気にしていなかったのですが、別の機会に、その「営業マン」と、たまたま「飲み」に行った帰りのこと。


「こんな小さい会社に仕事を頼むのは、信用出来ないし、危険過ぎる。だから、営業に回った先から注文が来ているが、やめておいた方がいいと、言って断ってある。」


つまり彼は、「ことごとく注文を握りつぶしていた」わけです。いったい彼が、何がしたかったのか、いまだによくわかりませんが、「ああ、そういう風に見られているんだな」ということを、改めて感じたという意味では、大いに得るものが有りました。これも、小さな会社を経営している経営者の方は、常に感じていることだと思います。


「敵は意外と身近なところにいるんだな」


ということも、学びました。同じようなことで、「ただ働き」を強要されたことも、有りました。さすがに最近は、あからさまにそういうことはありませんので、「時間が解決してくれる」ということかもしれませんが、単に僕から見えていないだけ、という気もしています。人間の本質は、基本的に変わりませんから。



この2つのエピソードには、共通点があります。それは、


「では、あなたは、何がしたいんですかね」

「そして、そもそも、自分は何がしたいのか」

ということです。1)の事件について言えば、僕は、


「世界の発明者に提示された難問に、大学生が挑む」ことを通じて、「成果を出しながら学ぶ」という場を継続していこうという、挑戦をしているわけです。我々が発明を提案している先は、いずれも非常に厳しいコンペですので、「売りつけ」たからといって、売れるわけでもないと思います。


僕自身の経験として、「専門知識」を「掘り下げて」学ぶだけでは十分ではなく、特に工学系の学生にとって重要なのは、


「それらの専門知識(群)が、どのような問題を解決してくれるのか」


について、実践を通じて考え、学ぶことだと感じています。大学院で「エネルギー科学」を学ぶことで、このことを痛感しました。僕はそれを、


「総合工学的なアプローチ」


と呼んでいます。「専門知識内の課題を解決する」のではなく、「その専門知識を、他の知識と組み合わせて、もっと上位の問題を解決する」ことです。しかしそのためには「軸になる専門知識の習得」「その分野を極めることで、他の分野に通じる」事が必要になります。


実際、一部の発明塾生の中には、


「発明塾に来たことで、専門知識の重要性を痛感」し、「専門の勉強に集中するために、一時的に塾を休みたい」


と言う学生もいます。それはそれで、大いに結構なこと、と思っています。重要な事は「自分が将来直面する問題を解決出来るだけの、十分な能力を、大学時代に養っておく」ことに、如何に集中できるか、なのですから。「だれかにとやかく」言われてやることでもなければ、「流行り」でやることでもないのです。



発明塾に参加してしばらくすると、学生のほとんどが、以下の3つが「大学時代に身につけるべき能力」であることを理解します。


①批判的検証能力、つまり、「クリティカル・シンキング」

②軸になる専門領域の設定と、徹底的な深堀り
③「総合工学」的アプローチ

①はすでに、ゼッタミスタ、Globis 等の参考書を、紹介済みですから良いでしょう。

②は、例えば楠浦の例で言うと、「金属材料の疲労強度」に関する領域がそれにあたりますが、修士で行った研究は、英国材料学会で優秀論文として取りあげていただきました。やるならそれぐらいやりましょうよ、ということです。
③これも、上記で説明済みです。

残念ながら(?)、これから自分たちが直面する問題は、「一つづつ、地道に、自分達で解決する」しか無いのです。


残念ながら(?)、僕はこれからの日本の状況には悲観的です。「目を背けたくなるような」惨状が、15年後30年後に待ち受けているのは、ほぼ確実です。

しかし、マズロー(注4)が言うように、「社会は少しずつしか変化しない(漸進的な革命)」わけなので、その都度、都合と「調子」の良いことを「だけ」を言う人々に惑わされず、しかし、目標を見失わず、少しづつ「問題を解決し、社会を良くする」ことに、僕とともに取り組んでくれる学生が、増えることを祈るしかありません。


結局のところ、僕が「教育」を仕事にしている理由は、それ以上でも、それ以下でも、無いからです。


「Mrクスウラは、Propheting だね」


と言ってくれた、N.Myrvold の評価が、外れていることを祈りながら・・・(注5)。




※ 注1) 「論語」 参照


※ 注2) 「自己信頼」ラルフ・ウォルドー・エマソン 参照

「善良さにも、ある程度の気骨が必要である―そうでなければ、善良さは何も産まない」 
「その理由を説明していては一日が終わってしまう」 
「自分で定めた高い目標と、揺ぎ無き世界観」 
「世間に迎合していては、何も説明できない。自分の道を行くのだ」 
「偉大であることは、誤解されるということなのだ」 
「自分の仕事をするのだ、そうすればもっと強くなれる」 
「たとえ群衆の中にあっても、独りの時と同じ独立心を持ち、にこやかな態度で人と接する」

※ 注3) もちろん、その企業へ入りたいという塾生がいる場合、事実を詳細に話した上で、「できれば止めておくほうが良い」とアドバイスしています。


※ 注4)「完全なる経営」参照


※ 注5)日本の未来については、僕の予測が外れることを願うしかありません。