「発明塾™」へようこそ!: 「数学が苦手な高校生が、数学を好きになった理由」~発明塾の原点をたどる

2015年7月12日日曜日

「数学が苦手な高校生が、数学を好きになった理由」~発明塾の原点をたどる

僕が「発明」や「創造性」という領域に取り組むことになった直接のきっかけは、以前もどこかでお話したように、前職を退任する際の挨拶回りで、

「今度、知財の仕事をされるんですよね。だったら、昔の部下がちょうど知財と発明創出の仕事をやってまして・・・」


と、ある投資家の方に掛けていただいた「一言」でした。



紆余曲折はあるものの、経営者である以上、


「期限までに投資家に約束した結果が出なければ、責任をとって一度辞めるべき」


という、今から考えれば当たり前のことを、30そこそこで経験出来たことと、そこからの再出発のチャンスを頂いたことは、いずれも貴重な財産となりました。

現職での道のりも平坦ではなく、リーマン・ショック後に、特許調査/分析からの撤退を即断し、知財/発明教育の事業を軸に据えて再出発(※)。

「その投資家の方の一言」がなければ、現在の事業は存在しなかったでしょう。


数百の発明を、数日から数ヶ月という短期間で創出するためには、それなりの方法論が必要で、過去の知識/経験や思いつきに頼ることは出来ない。


「もっと効率よくアイデアを生み出せないのか」

アイデアを生み出す方法を開発するところから、始まりました。


大学生に発明なんかできるの?

と、よく言われました。

「できます」

と自信を持って言えるのは、何故か。


「高校の数学教育が、”発明教育”と、仕掛けとして同じ」

だからです。



過去にも、数学に関する話題を幾つか取り上げているので、


「楠浦さんは数学が得意で、その手法が発明にも使えるんだな」


と思った方、答えはNoです。


「中学の数学の成績は、常に赤点ギリギリか、赤点。3年間下がりっぱなし。」


これが実態です。当然、科目として好きなはずもなく、それがまた成績が下る原因となる・・・という絵に書いたような悪循環。



最後まで残った苦手科目「歴史」も
この本で完全に解消されました。
偶然でしょうが、この本を「大学在学中に読んでおくべき」と
推奨いただいたのは、工業数学担当の教授でした。
工業数学の単位は落としましたが、元はとった気がします。


これが変わったのが、高校時代の数学。


成績は「良い」とは言えないまでも、好きな科目となり、現在でも数学書をたまに読むぐらいになっています。



では、高校の数学は、何が違うのか。何が面白いのか。


「多様な解法を探求しながら、多面的に学ぶ」

「解き方を覚えるのではなく、常に新しい解き方を考える」

そんな科目だったから、ということに尽きます。


「終わりがなくなっている」(覚えてハイ終わり、ではない)

ことの、面白さでしょうか。

もちろん、中学と高校で厳密に分けられるものでもなく、例えば中学の数学でも、「代数」に比べると「幾何」は、かなりこの要素を含んでいたと思います。



「もっと他の方法で、解けるんじゃないかな」


という問いを常に立てることを、教わったのが「高校の数学」でした。


「解けるか解けないか、ではなく、もっと良い解き方はないか、を考える」


ここに、「知財と発明」の原点があります。


高校数学で学びの基礎ができていれば、発明にも「楽しんで」取り組んでくれるはず、その予想は、ピタリとアタリました。


これって数学だけ?

たぶん、「高校のすべての科目」で、上記の要素が増すのだと僕は考えています。


例えば、英語。


「おー久しぶり、元気?」


たったこれだけの内容も、想定する状況しだいで、英語としての表現が変わります。


英語について、


「論理性と、表現の多様性」


を意識して学べるようになったのは、「駿台予備校」の講師の方々のお陰です。

特に英作文の授業では、徹底的に

「別解」


と追求するように、指導頂きました。


「1問から、どれだけ学べるか」


のほうが、


「たくさんの問題に取り組むよりも、実は効率が良い」


ということも、教えていただきました。



こういうことを、高校/予備校時代に学べたことは、今の僕の「発明・知財教育」に、非常に大きな影響を与えています。


「立命館高校」の先生方

「甲斐塾」塾長と講師の方々、および同期生も含めた生徒、教え子や後輩の皆さん
「駿台予備校京都校」の講師の方々
「発明塾」の塾生さんと、継続的に支援をいただいている企業/個人の方々

との出会いと、そこでの学びを、


「完成度の高い、発明・知財教育教材として形にしていく」


ことが、僕の当面の「発明」のテーマになりそうです。




※ どんな小さな事業でも、やはり撤退するにはそれなりの時間と労力がかかる。

   頭でわかっていても、実際やると「あぁ、だからズルズルと続けてしまうのだな」ということがわかった、貴重な体験でした。
   同時に、「辞める/止める」ことを、始める時から織り込んでおかなければいけない、ということも強く感じました。